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ソーシャル・キャピタルが復興を確かなものに

藤沢烈(RCF復興支援チーム代表理事)×熊谷哲(PHP総研主席研究員)(2015/03/12)

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 東日本大震災から丸4年が経過した。避難者は今なお23万人に上り、避難生活は当初の見通し以上に長期化している。至るところで巨大防潮堤や大規模かさ上げなどの公共工事は進んでいるが、復興が遅れているという被災地の声は絶えない。それ以上に、震災が風化しているという住民感情は高まる一方だ。
 
 振り返れば、政府の復興構想会議は「未来に向けた創造的復興」を掲げ、「単なる復旧ではなく、来たるべき時代をリードする経済社会の可能性を追求する」としてきたが、果たして現状はどうだろうか。また、被災地の多くが震災前から抱えていた地域課題の解決に、糸口を見いだせているのだろうか。
 
 そのような中、震災直後から多種多様なプロジェクトに取り組み、現地のニーズに即した課題解決と復興支援に文字通り尽力してきたRCF復興支援チームの藤沢烈さんは、人々の信頼・協調関係やネットワークといったソーシャル・キャピタル(社会関係資本)が、復興に大きな役割を果たしつつあると見ている。
 
 そこで、数多くの現場の事例から、確かな復興のための道筋と、日本社会の未来につながる可能性を探った。

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希望と現実の狭間で
 
熊谷 東日本大震災からもう4年になります。率直なところ、今の復興の状況は藤沢さんの目からどのように見えていますか。
 
藤沢 一言でいえば、正念場です。被災者のみなさん自身や、民間の取り組みが大事な時期になってきています。行政主導を民間主導に転換できるかが課題となります。
 
熊谷 それはやっぱり、いろんな現場を見て携わってこられたからこそ、そのように見えるということでしょうか。
 
藤沢 東北4県主催の千人規模のフォーラムが先日あって、私もパネラーのひとりで出ていました。そこで内堀知事(福島県)が、「光が見えてきた」という言い方をされていました。私も福島県で幾つかの事業に関わっていますが、似たことを感じています。
 
熊谷 除染が進んできたとか、風評被害が落ち着いてきたとか。
 
藤沢 例えば昨年は、コメの全量全袋検査をしても、99.98%は限定下限値25Bq/kgを超えていないんですね(出所:ふくしまの恵み安全対策協議会HP)。漁業はまだ厳しいんですけれど、それでも2011年の夏には全検体数の50%前後のものから基準値以上のセシウム(100Bq/kg)が検出されていましたが、今はもう0.5%以下になっているんですね(出所:福島県HP)。遠くない将来に、福島の漁業も戻れるのでは、という希望が出始めています。
 
熊谷 なるほど、ちょっとずつ前向きな雰囲気が出てきていると。
 
藤沢 一方で23万人の方が避難生活を続けていますし、厳しい境遇におかれたままの方も数多くいらっしゃる。将来への希望は見えてきたけれど、難しい課題も山積しているという、両方がないまぜになっている状況ですね。
 
熊谷 私たち(PHP総研)も、再生可能エネルギーの収益でふるさと再興のための事業をしてもらうという補助事業の執行団体となっているんです、福島県で。そこでも、事業性はある程度見えていても帰還がどのように進むのかは未だ不透明なところがあるし、実務的な手続きが一筋縄ではいかないところもあって、やはり難しいんですよね。
 
藤沢 メディアもどちらかと言えば、やはり厳しい状況の方を取り上げるので、「まだ福島が大変だ」というイメージが強く出すぎるのは、現地の方からすれば違和感がある。メディアの方もどう表現したらいいのか、悩まれている感じがします。
 
熊谷 少しずつ帰還も始まって事業も動いているところもありますが、確かに未だ全町・全村避難中のところもあります。
 
藤沢 私たちは双葉町に10人、大熊町に8人の支援員を送りこんで、町と共同事業を行っています。役場としては、帰還に向けて粛々と準備を進めている一方で、やっぱり町民のみなさんにとってはイメージをつかめずにいるところもあって、迷っているのが実態だと思います。
 
熊谷 私たちも大熊町で太陽光発電の導入を支援していますが、除染できたエリアから作業を進めなくてはいけないために、工期であったり人の確保であったり、やはり一筋縄ではいきません。
 
藤沢 人の問題は大きいですね。帰還される方も出始めていますが、やはり高齢者の方が多い。いま仕事が必要な方とか、若い年代の方はなかなか戻るという決断までいたってない。今は元気でも何年か経つと介護の必要性は高まるし、にもかかわらず介護する人材が存在しない事態が想定されます。帰還を進めても、そこで持続可能なまちづくりを進められるかが大きな課題です。
 

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